9月23日はテニスの日、不動産の日
9月23日はテニスの日、不動産の日などになっています。
テニスの日は、日本テニス協会などが1998年に制定しました。
日本のテニス人口は、2020年で約340万人だそうです。
9月23日はテニスの日、不動産の日などになっています。
テニスの日は、日本テニス協会などが1998年に制定しました。
日本のテニス人口は、2020年で約340万人だそうです。
9月22日は国際ビーチクリーンアップデーです。
アメリカに本部のある海洋自然保護センターが1985年から実施していて、この日に近い週末に世界各地で一斉に海岸のごみを拾い集め、海洋のゴミの発生元や、地球環境への影響を調査しています。
海洋プラスチックごみなど、年々増大する海洋ごみの問題が深刻になっています。
写真は2023年秋に訪れた島根県益田市にある衣毘須神社(えびすじんじゃ)で、海岸の岩礁「宮ヶ島」に鎮座するこの神社は、干潮で風の穏やかな日などに砂浜を通って参拝することができることから、『山陰のモンサンミッシェル』と呼ばれています。
付近の海岸はきれいに整備されていました。
9月20日は空の日です。
それまであった「航空日」を、航空の安全と一層の成長を願い広く国民に親しまれるようにアピールする目的で、1992年に運輸省(現:国交省)が「空の日」へ改称しました。
また、バスの日でもあります。
1903年9月20日に、日本で初めての営業バスが京都市内を走ったことに由来しています。
9月19日は「いけんの日(平和への思いを忘れない日)」です。
2015年のこの日、参院本会議で安全保障関連法案が可決されました。
色々な意見がある中での採決に「この法律は日本の未来にとって大きな転換点になると思われることから、忘れないように記念日として伝えていけないか」との声を受け、「いけんの日」として制定されました。
「いけん」は意見、違憲、異見等の意味を表しているとされています。
下の写真は2023年5月に開催されたG7広島サミットの記念植樹です。
爆心地から南に約1キロの広島市役所本庁舎の敷地で被爆したソメイヨシノの「2世」の苗木(接ぎ木)を中区の平和記念公園内に植樹したものです。
9月17日はモノレールの日です。
今からちょうど60年前の1964年9月17日に東京浜松町 ~ 羽田空港間に日本初のモノレール(東京モノレール羽田線)が開通したことを記念して、これを運営する会社が制定しました。
広島市安芸区の住宅団地「スカイレールタウンみどり坂」とJR山陽本線の瀬野駅を結ぶ懸垂式モノレール「スカイレール」が1998年に開業しましたが、維持費を含めた採算性の面から2024年5月1日に廃止されています。
モノレールは、本来は1本の軌条により進路を誘導されて走る交通機関ですが、「一般の二条式鉄道とは異なるものの総称」として使用されているようです。
これによく似たものにロープウェイがあります。
空中に渡したロープに吊り下げた輸送用機器に人や貨物を乗せて運ぶものです。
9月16日はハイビジョンの日です。
ハイビジョンの画面の縦横比(アスペクト比)が 9:16 (16:9)であることから通産省(現経済産業省)が制定しました。
面白いことに、ハイビジョンの日はもう1つあります。
郵政省(現総務省)とNHKが、ハイビジョンの走査線数1125本から11月25日を同名の記念日としています。
9月15日はひじきの日です。
昔からひじきを食べると長生きをすると言われていることから、日本ひじき協会が当時「敬老の日」であったこの日を記念日として制定しました。
確かに、ひじきは鉄分の王様などと呼ばれていましたが、最近の干しひじきに含まれる鉄分は以前の1/9に激減しているようです。
文部科学省が調査・公表している日常的な食品の成分に関するデータである日本食品標準成分表(略して食品成分表)によれば、従来(2010年、6訂版)は干しひじきに含まれる鉄分は、100gあたり55mgとされてきましたが、2015年の改訂版(7訂版)では、その約 1/9、100gあたり6.2mgに変更されています。
9月14日は木下惠介監督の映画「二十四の瞳」の封切り日です(1954年)。
壺井栄の小説「二十四の瞳」は1952年に発表され、その2年後に初めて映画化されました。
以後、映画やテレビで何度も映像化されています。
小説では、その舞台を「瀬戸内海べりの一寒村」として具体的な地名は出てきませんが、壺井の故郷が香川県小豆島であることから、その後の多くの映像作品では物語の舞台を「小豆島」と設定しています。
下の写真は岡山県瀬戸内市牛窓地区にあるオリーブ園から眺めた瀬戸内海で、奥に見えるのが小豆島、その手前左が前島です(2019年春 撮影)。
小豆島は牛窓から約10km沖合に浮かぶ人口約3万人の島で、牛の形をしていることでも知られていますが、これと牛窓の名前の由来には関係がないようです。