旅行・おでかけ Feed

2014年11月23日 (日)

山口県内を巡る旅(4) ~雪舟の郷記念館~

11月17日、長門峡を後に更に国道9号を北上。

途中 徳佐の三浦りんご園に立ち寄る。

津和野を経て、島根県益田市にある雪舟の郷記念館に到着。

ここ益田市は雪舟終焉の地とされていて、記念館の傍にはその墓があります。

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また、記念館の隣、益田平野を一望する山頂にはきれいに整備された前方後円墳の「小丸山古墳」がありました(6世紀頃の築造、この地方を支配した首長の墓と考えられている)。

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「小丸山古墳」という名の古墳は、この他にも長野市、松本市、高山市、朝来市、赤磐市にもあるようです。

「大丸山古墳」は甲府市にあり、また「丸山古墳」は全国に数多く存在しています。

2014年11月21日 (金)

山口県内を巡る旅(3) ~長門峡(ちょうもんきょう)~

11月16日午後、下関市内の知人宅を訪ねたあと、下関ICから中国道を東へ、山口ICで下りてその晩は山口市内で一泊。

翌17日、国道9号を北東方向へ移動、 道の駅 長門峡に車を止めて周辺を散策しました。

JR山口線の長門峡駅前のモミジは見事に紅葉していました。

ホームの駅名看板には右から「ちゃうもんきゃう」と歴史的仮名遣いで表記されています。

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長門峡の入口の風景:

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2014年11月19日 (水)

山口県内を巡る旅(2) ~土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム~

11月16日、国道435号を北西方向に進むと、「特牛(こっとい)」交差点に差し掛かり、ここで左折して国道191号を3km程南下。

土井ヶ浜遺跡(下関市豊北町)は弥生時代前期から中期の墓地遺跡です。

人骨のほとんどが西側の海岸(響灘)の方に頭を向けて葬られていました。

左下の写真には古代ハス(大賀ハス)の池が見えます。

このハスは1951年(昭和26年)、大賀一郎博士が千葉県内で2000年以上前に咲いていた古代ハスの種3粒を発見し、そのうちの1粒の開花に成功し、その後日本各地に根分けされたものの1つだそうです。

そう言えば、数年前に訪れた出雲市斐川町の荒神谷遺跡にもこの古代ハスがありました。

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2014年11月18日 (火)

山口県内を巡る旅(1) ~「特牛」と書いて「こっとい」~

11/16、17の2日間、下関市内に住む知人を訪ねる序に山口県内を巡りました。

初日は中国道経由、美祢ICで高速を降り、国道435号を北西方向へ。

途中で見かけた「特牛」の看板、 「こっとい」と読むそうです。 下関市豊北町にある地名で、難読地名として有名です。

JR山陰本線の特牛駅もあります。 こちらに寄りたかったのですが、行き過ぎてしまいました。

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次の写真は中国道沿いの風景です。

右側は山口市内にあるKDDI山口衛星通信センターのパラボラアンテナ群です。 朝霧がかかっています。

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こちらは昨年同センターを訪れたときに撮ったもの。

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2014年11月 9日 (日)

四国の風景

先日(10/26、27)の四国旅行の折に撮った幾つかの写真を色々と加工してみました。

 

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(注)
 上段: 瀬戸大橋、 かずら橋
 中段: 大豊町の大杉、 タオル美術館
 下段: 今治城、 しまなみ海道

2014年11月 4日 (火)

7年半ぶりの四国(6) ~しまなみ海道~

10月27日、今治市内を後にして、しまなみ海道経由で帰途へ。

● しまなみ海道に架かる橋たち

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● 因島水軍城

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  (右下の写真は水軍城のふもとにある村上水軍の菩提寺:金蓮寺内の墓)

2014年11月 2日 (日)

7年半ぶりの四国(5) ~タオル美術館と今治城~

10月26日、愛媛県新居浜市にあるマイントピア別子を見て西条市内に一泊。

翌27日は先ずタオル美術館ICHIHIROを訪ねて、その後 今治市内へ。

●タオル美術館ICHIHIRO
 以前はタオル美術館ASAKURAという名前でしたが、2005年に現名称に変更されました。
 ICHIHIRO(いちひろ)は美術館の運営会社である一広株式会社から。

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●今治城
 城づくり名人・藤堂高虎の築城。 海水を掘に引き入れた海岸平城です。

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100 (堀に近くの今治港から海水を引き入れている。 堀のコーナ部に引き入れ口が見える。)

●今治市内のその他の景色
 造船の町 今治には船のスクリューのモニュメントが見られます。

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2014年10月31日 (金)

7年半ぶりの四国(4) ~マイントピア別子~

10月26日、高知県大豊町の大杉を見て、高知道を北上、松山道に入って新居浜IC(愛媛県)で高速を下車。 県道47号を南下して、マイントピア別子へ。

ここは、1973年(昭和48年)に閉山された別子銅山の施設跡などを利用したテーマパークで、道の駅が併設されています。

鉱山鉄道に乗って、江戸ゾーン、近代ゾーンなどを見学し、帰りはゆっくり歩いて始発駅に戻りました。

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-> マイントピア別子の公式HPはこちら

2014年10月30日 (木)

7年半ぶりの四国(3) ~大豊町の大杉と美空ひばり~

10月26日、祖谷渓のかずら橋(徳島県)を見た後、国道32号に戻ってさらに南下し、高知県大豊町へ。

ここ大豊町の八坂神社境内には推定樹齢3000年の「日本一の大杉」(国の特別天然記念物)があります。

南大杉、北大杉と呼ばれる2株の大杉からなっており、2株が根元で合着していることから、別名夫婦杉とも呼ばれています。
 ・南大杉: 根元の周囲が約20m、樹高が約60m
 ・北大杉: 根元の周囲が約16.5m、樹高が約56m

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巨樹・巨木ランキングにおける一般的な計測方法は
  ・地上1.3m地点の幹周りの大きさで比較する。
  ・樹高や樹齢は無関係。

とされています。

それに対して大豊町のデータは根元での幹周りの値であり、何をもって「日本一」とされているかはちょっと不明です。

あの有名な屋久島の縄文杉は当初樹齢7000年以上と推定されていましたが、その後の調査研究で3000年以上あるいは2500年程度とされているようです。 縄文杉の周囲は16.1m(地上1.3m地点で)、樹高は30mです。

上記の一般的な計測方法による 日本の巨樹ランキング TOP50 によれば、杉では
 1位: 縄文杉(16.1m)  2位: 三川の将軍スギ(15.95m)  3位: 大豊町の大杉(15m)

となっています。

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大豊町の大杉のそばには、歌手の美空ひばりの遺影碑と歌碑があります。

戦後9歳でデビューした美空ひばりは昭和22年に地方巡業をしている途中、大豊町でバス事故に遭遇し、ここで1か月半の療養後、「杉の大杉」に「日本一の歌手になれるように・・・」と願をかけました。 平成5年5月に杉の大杉のすぐ隣に「大杉の苑」を整備し、遺影碑と歌碑が建立されました。

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 (左下の花は大杉の苑に咲いていたリンドウ、右下はここから見える大豊風力発電所の風車2基)

  -> 大豊町の風力発電所

2014年10月29日 (水)

7年半ぶりの四国(2) ~小歩危・大歩危・かずら橋~

10月26日、徳島道の井川池田ICを下りて国道32号を南下。

小歩危峡、大歩危峡を経て祖谷渓のかずら橋へ。

●小歩危、大歩危

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●かずら橋 (注)3年毎に架け替えられる。 次回はH27.1.13~2月末頃。

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 (琵琶の滝)

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 (そばの花 と 平家まつり)

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  (山の斜面に広がる集落)

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フォトアルバム 2

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